「水族館非公式ガイド」管理人の日記

羽生田トライアングル

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ブックオフ巡回(小千谷・長岡)
・ブックオフ小千谷店

イオン内でスリランカのチャーハン「ブリャーニ」を食べる。

・ブックオフ長岡川崎店
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| ブックオフ巡回 | 20:00 | トラックバック:0コメント:0
ブックオフ巡回(庄内・秋田)
男鹿水族館GAOに行ったついで。
旅の全体像。水族館レポートは別に書きます。

■5月16日(木)

10時半、レンタカーで出発。

・ブックオフ新発田店
・ブックオフ中条店
・ブックオフ村上店
村上プラザの小多喜であんかけラーメンを食べる。

17時頃、山形県入り。

・ブックオフ鶴岡7号バイパス店
・ブックオフ鶴岡茅原店
・お宝中古市場鶴岡店

・ブックオフ7号酒田店
遊パラダイスの駐車場で「ダブルス」見る。

22時半頃、秋田県入り。
日本海東北自動車道の無料区間を利用して秋田市へ。

■5月17日(金)

・万SAI堂秋田店

男鹿市内のコンビニで車中泊。

八重桜

男鹿の磯

朝ドラ待ちしていた時に撮った写真。

遠回りだけど風光明媚な磯のルートで行く。
男鹿水族館GAOの駐車場で“お仕事”。
手こずってしまい11時頃ようやく入館(2006年以来、7年ぶり)。

15時前に水族館を出る。
久々に八望台へ(1998年以来、15年ぶり?)。

八望台

帰りは「なまはげライン」で戻る。
和風レストランきりん亭で、
男鹿しょっつる焼きそばを食べる。

天王グリーンランドで、くららズンダあん購入。

・ブックオフ7号秋田土崎店
・ブックオフ秋田新国道店
・ブックオフ秋田広面店
・ブックオフ秋田仁井田店

これにて巡回終了。来た道を引き返す。

22時頃、山形県入り。

■5月18日(土)

0時半頃、新潟県入り。
道の駅朝日まほろばで車中泊。

村上市内で朝マック。

加治川治水公園に寄ってから帰還。
| ブックオフ巡回 | 09:00 | トラックバック:0コメント:0
男鹿水族館GAO
とりあえず写真並べておきます。
当日のリアルタイムつぶやきはコチラ

豪太1
豪太登場。立派になりました。

豪太2
さすが猛獣、足が太くてたくましい。

豪太3
プールから上がったところ。

子熊1
みなさんお待ちかね、子熊ですよ~! ちなみにメス。

子熊2
降雪機の雪の上を歩く。

子熊3
うんちするために踏ん張っているところ。
隣りは母親のクルミ。

子熊4
クマはのしのし歩くイメージだけど、
子熊は超元気に走り回る。カメラで追うのも大変!

子熊5
じゃれてるところ。

子熊6
手前にうんちが無ければいいシーンなのにな~(苦笑)。

子熊が雪の坂からでんぐり返しで転がったりすると、
ギャラリーから歓声が上がっておりました。超人気者!

ゴマフ1
ひれあし’s館(ずかん)。ゴマフアザラシの紹介。

あとは「こまち」の写真でお楽しみください。
非常に人なつっこいアザラシでした。

ゴマフ2

ゴマフ3

ゴマフ4

ゴマフ5

ゴマフ6
| 水族館訪問記 | 15:00 | トラックバック:0コメント:0
♪新発田から舟に乗って沼垂に着いた~(前編)
江戸時代、新潟は長岡藩の湊町(※1843年以降は天領)、
沼垂(ぬったり)は新発田藩の湊町だった、
という話をどこかで聞いたおぼえがある。

このことに関して先日、ちょっとした疑問が頭をよぎった。
「何で沼垂なの? 新発田から遠いじゃん!
加治川の河口にでも湊を造ればよかったのに」

現在の地図
【現在の地図】

で、ネットでいろいろ調べてみたら…
結論から言ってしまうと、この疑問はそのまま答えであった。
加治川の河口は沼垂にあったのである!
ΩΩΩ<な、なんだってー!?

          ◇          ◇          ◇

いきなり完成図に飛んでもいいんだけど、
ここは調べた順にひとつずつ解説していこう。

まず、現在の加治川の流路というのは放水路であるというコトだ。
つまり大河津分水や関屋分水と同じように、
人が掘ったものであるというコト。
江戸時代にはもちろん存在しない(※1913年=大正2年完成)。
なので「加治川(放水路)の河口にでも湊を…」というのは無理な話である。

想像図
【想像図】

「…となると昔の河口は新潟東港のあたりか?」
と想像してしまうのだが、これはすぐに否定される。
新潟東港というのは、
信濃川の土砂で浅くなってしまう新潟西港の問題を解決するために、
戦後になってから砂丘を掘って造られたものだ(1969年=昭和44年開港)。
砂丘のある場所では川の水は海に出られない。

ここで地図を眺めていたら、東港の西側に
派川加治川(はせんかじかわ)という表記を発見!
そう、これこそがかつての加治川のなれの果てである。

派川加治川!
【派川加治川!】

この川を辿っていくと、その先にあるのは…阿賀野川!
そうか、元々加治川は阿賀野川に注いでいたのか!

(※注)
実は…阿賀野川の手前に新井郷川というモノが存在するのだが、
この川についての説明は省略させて頂く。ここを省略しないとクドくなるので!
ちなみに新井郷川放水路の完成は1934年=昭和9年である。


阿賀野川に合流するかつての加治川
【阿賀野川に合流するかつての加治川】
ここまで来ればあと少し!

さて、話はここで終わらない。
阿賀野川というのは、かつて信濃川と河口を共有していたのだ。

>1730年(享保15年)には信濃川に合流していた
>阿賀野川の河道を日本海へ直接流出させるべく
>松ヶ崎(新潟市東区下山・北区松浜付近)地点において
>捷水路を開削した(松ヶ崎掘割)。この捷水路は
>翌1731年(享保16年)春の融雪洪水での決壊により拡張され、
>これにより阿賀野川は日本海へ直接注ぎ、
>旧流路は「通船川」となった

(※Wikipedia「阿賀野川」から引用)

つまりこういうコトである。

江戸時代初期の流路
【江戸時代初期の流路】
「阿賀野川はもっと蛇行していた!」とかいうツッコミは無しの方向で(苦笑)。

バーン! これで完成!!
加治川をひたすら下って行けば、阿賀野川を経て沼垂に出るのだ!
いや、これはホント驚きである。加治川なんて、
新発田のはるか北にある遠い存在だと思っていたのに…!

最後に“答え合わせ”とでも言うか、
1865年=元治2年の「大日本国細図」の画像を掲載しておく
(何故かまだ松ヶ崎掘割が載っていない…)。

大日本国細図
【大日本国細図・抜粋】※南北は逆
今の越後平野のイメージと全く違う…!

          ◇          ◇          ◇

【おまけの年表】
1731年(享保16年)-松ヶ崎掘割が阿賀野川本流になる
1913年(大正2年)-加治川放水路完成
1922年(大正11年)-大河津分水路(新信濃川)完成
1934年(昭和9年)-新井郷川放水路完成
1969年(昭和44年)-新潟東港開港
1972年(昭和47年)-関屋分水路完成

          ◇          ◇          ◇

…と、ここまで書いてえらいコトに気付いてしまった。
どうやら新発田の物流を担っていたのは、
加治川ではなく新発田川であったらしい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/新発田川
というワケで新発田川についても調べて
マッピングするコトにします。いずれ。
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